前回、解きたい式の形がはっきりした ── ポアソン方程式 。源 を入れると、ポテンシャルの地形 がどう曲がるかを決める式だ。
でも、「式が立った」と「解けた」は別だよね。源がぐにゃぐにゃに広がっていたら、この式をどう解けばいいんだろう? ── 心配いらない。解き方は、もう連載をずっと歩いてきた、あの一手そのものなんだ。
一点だけ、突いてみる
複雑な源を前に、いきなり全部を相手にするのはしんどい。そこで、いつもの作戦 ── いちばん簡単な「一点」だけ で考える。
源が、空間のたった一点に、ちょこんと置かれた“点源”だったとする。そのとき、ポテンシャルの地形はどうなるか? ── これはもう知っている。④で見た、あの のすり鉢 だ。一点の源は、まわりに の丘(または井戸)を一つ作る。
この「一点を突いたときの、たった一発の返事」さえ分かっていれば ── あとは、ずっとやってきたこと。源を、たくさんの点の集まりだと思って、各点の返事を足す。 それだけで、どんな源分布の答えも組み上がる。
グリーン関数 ── 名前をつける
ここまで「一発の返事」「点源の返事」と呼んできたもの。連載のいちばん最初から、ずっと足し続けてきた相棒。── そろそろ、名前を呼んでいい。
グリーン関数 という。「一点をどんと突いたら、まわりにどんな返事が返ってくるか」を表す関数だ。式で書くと、方程式の右辺を“一点だけの源”(数学では と書く、無限に尖った一点の山)にしたとき、
を満たすもの。見た目はいかめしいけれど、言っているのは一つ ── 「一点を突いたときの、ポテンシャルの返事」 だ。 は「一点だけの源」── 幅を限りなく細くした源で、高さは無限に尖って見えるけれど、全体として入っている量は 1 にしてある(一点に源を 1 個だけ置いた、と思えばいい)。 はそれへの返事。ラプラシアン(地形の曲がり)に対するこの返事が、3次元では、ちょうど
になる。── そう、④でずっと足してきた は、ポアソン方程式のグリーン関数だったんだ。名前を知らずに、もう何回も使っていた。
ひとつ手すりを。ここで と書いているのは、3次元の自由空間 でのポアソン方程式の返事だ。緩和ラボは見やすさのために2次元の地形として描いているので、厳密な2次元自由空間の返事(実は 型になる)とは、少し形が違う。でも、いま掴みたい骨は同じ ── 「一点を突くと返事が返る。その返事を、源の分だけ置いて足す」。形の細部は、ここでは気にしなくていいよ。
どんな源も、G を置いて足すだけ
グリーン関数が分かれば、解くのは“足し算”だ。源 を、たくさんの点に分けて、各点の上にグリーン関数 を、その点の源の強さ倍して置いて、全部足す:
この式も、絵のままだ。言っているのは 「源のかけらひとつひとつに、グリーン関数の返事を置いて、全部足す」 ── それだけ。 は「 にある源が、 に届ける返事」、 はそのかけらの源の強さ、 は「源の小さなかけら」(2次元のラボなら小さな面積、3次元なら小さな体積)。── これ、見覚えがあるよね。④で書いた と、まったく同じ式 なんだ。④の「中から積む扉」は、知らないうちに、もうグリーン関数で解いていた。
あの「一個の丘」が、グリーン関数
これ、実はもう手で触っている。緩和ラボ で、源を 1つだけ 置いたとき、まわりに立ち上がった、あの一個の丘(または井戸)── あれが、グリーン関数 そのもの だ。一点の源への、ポテンシャルの返事。(符号も一言。電場の符号で見れば、正の源は丘・負の源は井戸。重力の符号なら、ふつうの質量は井戸を作る。符号は違っても、「一点への返事を足す」という骨は同じだよ。)
そして、源を2つ3つと増やしたとき、地形がそれぞれの丘の足し算になっていったよね。あれが 。源と場のラボ で のすり鉢を足したのも、同じこと。── つまり、この連載でずっと「触って」きたのは、最初からグリーン関数だった。今日は、その手触りに、名前を与えただけなんだ。
なぜ、これで解けるのか ── 連続版の“逆行列”
少しだけ、仕組みを覗いておく。 は、「 に という操作をかけると になる」という形。これは、行列とベクトルの にそっくりだ。連立方程式なら、 ── 逆行列 をかければ解ける。
グリーン関数 は、ちょうどこの にあたる。 という操作を“ほどく”手順を、一点ごとの返事として全部書き留めたもの。だから、源 に をかけて足す(積分する)と、 が出てくる。ひとことで言ってしまえば、グリーン関数は、微分方程式の“逆行列” ── そう思うと、なぜ足し算で解けるのかが、すっと腑に落ちると思う。
そしてこの「一点への返事さえあれば、何でも足し算で解ける」は、ポアソン方程式だけの特権じゃない。グリーン関数は、線形な世界のいたる所にいる ── ② でやった回路やフィルタの インパルス応答 は、まさに時間版のグリーン関数だ。橋や梁を一点で押したときの たわみ(点荷重への返事)も、はりのグリーン関数。熱を一点にぽんと落としたときの広がり(熱核)も、量子力学で粒子が伝わる プロパゲータ も、ぜんぶ同じ ── 「 への返事を覚えて、源の分だけ足す」。分野ごとに名前は違うのに、骨は一本だよ。
同じ式でも、枠で返事が変わる
最後に、ひとつ手すりを。グリーン関数は、境界条件で変わる。何もない広い空間に置いた一点の源の返事(自由空間の )と、接地した箱の中に置いた一点の源の返事とでは、 の形が違う。前回 の「方程式は局所のルールを言うだけ、どの地形を選ぶかは枠が決める」が、ここにも効いている ── 同じ「一点を突く」でも、まわりの枠が違えば、返ってくる返事が変わるんだ。
名づけ終えて
ここで、連載の背骨が、ひとつの言葉に畳まれる。
② で「一発の返事(インパルス応答)さえ覚えれば、どんな入力も足し算で出る」を掴んだ。④ で「源の返事を、源の数だけ足す」を見た。そして今日、その「一発の返事」に名前がついた ── グリーン関数。複雑な世界を解く手は、ずっと一つだった。一発の返事を覚えて、置いて、足す。 それだけ。
でも、ここまでは全部、時間の止まった、静かな場 の話だった。源はじっとしていて、返事は“いつでもそこにある”ものとして足してきた。── では、源が時間とともに動いたら? 波のように、返事が 遅れて 届く世界では、この「足す」はどうなるんだろう。
次回、最後に、時間を入れる。